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大阪高等裁判所 平成10年(ラ)113号 決定 1998年3月06日

抗告人

インチケープマシナリーサービスリミテッド

日本における代表者

井上眞太郎

上記代理人弁護士

小川治彦

海野秀樹

下山田聰明

菅谷幸彦

主文

本件執行抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

第一  本件執行抗告の趣旨及び理由

別紙「抗告執行状」(写し)記載のとおり

第二  当裁判所の判断

1  一件記録によると、次の事実が認められる。

(1)  抗告人は、原決定添付別紙「船舶競売申立書」記載のとおり、抗告人と債務者石川島播磨重工業株式会社(以下「債務者」という。)間で締結された債務者所有の未登記船舶(船名「ぱしふぃっくびいなす」、以下「本件船舶」という。)の船内居住区管艤装工事請負契約に基づく請負残代金債権三億二四四八万六六一四円を有するところ、債務者がその支払をしないとして、商法八四二条八号所定の船舶先取特権に基づき、平成一〇年二月一三日、原審に対し本件船舶に対する船舶競売の開始決定を求めた。

しかし、原審は、同年同月一八日、本件先取特権はすでに本件船舶の航行により消滅したとして、本件競売申立を却下した(原決定)。

(2)  本件請求債権は、いずれも東京工場において抗告人がした艤装工事により生じたものであるが、本件船舶は、平成九年九月に東京工場で進水した後内装工事を行い、関東運輸局東京海運支局長の発行した臨時航行許可証を得た上で、東京都江東区から兵庫県相生市まで航行し、現在相生工場で最終的な工程を行っており、平成一〇年三月三一日に船主への引渡が予定されている。

上記航行時点では、本件船舶の船級検査及び完成受領検査は未了であり、所有権及び占有は債務者のもとにあり、所有権保存登記に必要とされる重量検査もされておらず、上記登記は未了であった。

なお、抗告人主張の図面の遅れ等に起因する追加工事代金等本件請求債権の発生は、本件臨時航行以前にすでに抗告人において認識していたところであり、また、抗告人は、相生工場で組み立てたパイプを東京工場まで搬送し本件船舶に取り付けるなどして、上記航行ができるよう協力している。

2(1) 船舶の艤装に伴う先取特権は、商法八四七条二項により船舶の発航によって消滅するものとされているが、この立法趣旨は、上記先取特権には公示方法がないのに、船舶抵当権者にも優先する効力が認められていることから、船舶の運行が開始された以降に生じうる船舶抵当権者及び先取特権を含む種々の債権者の利益を保護するため、早期に先取特権を消滅させようとしたところにある(大判大正八年一二月二六日民録二五輯二四一一頁、大判大正一二年五月一四日評論一二巻商法一七〇頁各参照)。

(2)  上記立法趣旨に鑑みれば、同規定における「発航」とは、航海の用に供しうる程度に竣成した船舶が、事実上航海を開始した状態、すなわち抜錨状態にあると認められれば足り、右船舶が船舶登記を有するか否かはもとより、営業としての運送のためであるか、あるいは不足する他の追加工事を他の場所で施工すべく回航するか等、その航海目的の如何を問うものではないと解するのが相当である。

(3)  これを本件についてみるに、本件船舶は、船舶登記は未了であるが、臨時航行許可証を得た上で東京都江東区から兵庫県相生市まで航海しているのであるから、上記立法趣旨に鑑みれば、本件船舶はすでに商法八四七条二項にいう発航したものと認めるのが相当であり、本件先取特権は右発航により消滅したものというべきである。

(4) 抗告人は、本件では単に工事を続行するために工場間を移動したにすぎず、航行の用に供し得る程度に竣成したとは認められない旨主張するが、本件船舶は、上記のとおり工事を終え、臨時航行とはいえ許可を得て東京都江東区から兵庫県相生市まで航海している状態にあるのであるから、抗告人の右主張は採用できないものというべきである。

また、抗告人は、本件臨時航行前には船舶登記ができない状態にあり、先取特権による船舶競売申立は不可能であった旨主張するが、船舶登記が不可能であったとしても、造成中の船舶に対しても先取特権に基づく権利行使は可能であり(商法八五一条)、また、本件では、前記のとおり抗告人は、臨時航行以前に請求債権の発生を認識していながら、自ら臨時航行ができるよう協力していることからすれば、抗告人が先取特権を喪失したとしても、止むを得ないものというべきである。

3  よって、本件執行抗告は理由がないから棄却し、抗告費用は抗告人の負担とし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官中田耕三 裁判官高橋文仲 裁判官中村也寸志)

別紙執行抗告状<省略>

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